大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第三小法廷 昭和57年(さ)4号 判決

主文

羽曳野簡易裁判所が本件につき管轄違の言渡しをすることなく略式命令をした手続及び右略式命令中罰金刑をもって被告人を処断すべきものとした部分をそれぞれ破棄する。

理由

本件非常上告申立の理由は、末尾添付書面記載のとおりである。

記録によると、羽曳野簡易裁判所は、昭和五六年一二月二四日公訴を提起された中尾辰春に対する通貨及証券模造取締法違反被告事件(同庁昭和五六年第(い)七九六号)について、昭和五七年一月一九日、「被告人がほか一名と共謀のうえ、昭和五六年五月一六日、日本銀行券である一万円紙幣に紛らわしい外観を有する萬願札と称する紙札一万枚を代金三万八、〇〇〇円で他に売却した」旨の事実を認定したうえ、通貨及証券模造取締法二条、一条、刑法六〇条、一八条、刑訴法三四八条を適用して、「被告人を罰金八、〇〇〇円に処する。罰金を完納することができないときは金二、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。この罰金に相当する金額を仮に納付することを命ずる。」との略式命令を発付し、右略式命令は昭和五七年二月六日確定したことが認められる。

ところで、通貨及証券模造取締法(明治二八年四月二五日施行)二条は、同法一条違反の罪の罰則として「前条ニ違犯シタル者ハ一月以上三年以下ノ重禁錮ニ処シ五円以上五十円以下ノ罰金ヲ附加ス」と定めているところ、刑法施行法(明治四一年一〇月一日施行)一九条一項、二条、二〇条により、右の「一月以上三年以下ノ重禁錮」は「一月以上三年以下ノ有期懲役」に変更され、また、同法一九条二項により、右の「附加刑としての罰金」は廃止されているので、本件当時、被告人の前記違反の罪に対する法定刑は「一月以上三年以下の懲役」のみであって、罰金刑の定めはなかった。したがって、羽曳野簡易裁判所は、本件被告事件につき事物管轄を有せず(裁判所法三三条一項)、かつ、略式命令を発することはできなかったのであり(刑訴法四六一条)、すべからく、本件を通常の訴訟手続に移したうえ(同法四六三条一項)、判決で管轄違を言い渡すべきものであった(同法三二九条)。しかるに、同裁判所は、本件について前記のごとき略式命令を発したものであって、右の審判は、(1) 管轄違の言渡しをせずに略式命令を発したその訴訟手続の点、及び、(2) 法定刑にない罰金刑をもって処断すべきものとしたその略式命令の内容の点において、それぞれ法令に違反していることが明らかである。

よって、本件非常上告は理由があるので、右(1)の点については、刑訴法四五八条二号により、その違法な手続を破棄することとし、右(2)の点については、法定刑が前記のとおりの懲役刑であるのにこれより軽いことが明らかな前記金額の罰金刑をもって処断すべきものとしたのであるから、本件略式命令が被告人のため不利益であるとはいえないので、同条一号但書による破棄自判をすることなく、同号本文により、その内容の違法な部分を破棄するにとどめることとし、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 木戸口久治 裁判官 横井大三 裁判官 伊藤正己 裁判官 安岡滿彦)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例